31歳のオモイ。
今の僕があるのも、両親をはじめ、僕を育ててくれた方々のおかげです。
誕生日とは、そのことを自覚する日だなってつくづく思うようになりました。
これからの1年がどんな1年になるのか、僕自身も楽しみです。
人生の岐路になるのは、間違いないでしょうから。
というわけで、今の僕のオモイやその背景をいくつか綴ります。
【「生まれた町で生きていく」】
文言はうろ覚えだけど、この言葉は2001年に四万十川ウルトラマラソンに参加したとき、四万十川流域の町(もしかしたら村)にあった看板。過疎対策の言葉だと思うけど、頭に残る言葉となりました。
僕は添田で育ち、大学生のときは福岡に住んでいました。この言葉を知るまでは添田には戻らないつもりでいたけど、この言葉が故郷(添田)のことを考える契機となりました。
【NPOという活動】
2000年、選挙情報サイトElection主催の居酒屋トークセッションに参加しました。国会議員と初めて話をした日です。国会議員(政治)は遠くの出来事ではなく、身近なんだと感じることができたイベントでした。また、その場で出会った方達とその後も付き合うようになり、2002年、NPO法人シンクタンク九州を設立することとなりました。自立した市民、自立した地域づくりが会のミッションです。自分のことは自分で決め、自分達のことは自分達で決める。至極当然のことではありますが、それが実現している社会って素晴らしい社会だと思います。今もそんな社会の実現を目指し、活動しております。
【添田のまちづくリスト】
いろんな活動をしている中で、多くのまちづくリスト(まちづくりに携わっている人)と出会いました。彼(彼女)らは、とても熱いものを持ち、目を輝かせ、夢を語っていました。彼(彼女)らからエネルギーをもらうとともに、そんな彼(彼女)らが羨ましくもありました。彼(彼女)らは自分がやっていることが好きで、自分の地域を愛していたから。
僕がやっている活動は楽しいけど、愛すべき地域は福岡なのか?そんな疑問を抱えるようになりました。添田(田川)はどうしようもない田舎で、補助金漬だし、ハコモノ行政。そんな添田だけど、やっぱり僕が生まれ育った所。同じ時間と労力を費やすのなら添田に注ぐのがいいのかも、添田に何らかの形で貢献できればと思うようになりました。添田のまちづくリストになりたいと。そのときは、ぼんやりとした目標でした。
【佐々木允との出会い】
2005年、衆議院議員補欠選挙(福岡2区)で西村健志郎さんの選挙を手伝ったことから、佐々木允さんと出会いました。「田川を一緒に変えましょう」とは彼の言葉。このどうしようもない田川を何とかしたいという気持ちを持った同志に初めて会いました。
彼との出会いが、私の背中を押したと言っても過言ではありません。
【手段としての政治】
まちづくリストはいろんな手段を用いてまちづくりをしています。政治もその手段のひとつです。僕は、添田のまちづくリストとして、政治を手段として用いようと思います。政治家になるのが目的ではありません。目的は、添田のまちづくり。政治という手段で、添田のまちづくりを実現したいのです。
【添田らしく 自分らしく】
どんな添田にしたいのか?それは添田の人が決めることです。他のところ(市町村)と同じようなことをするのではなく、添田だからできること、添田にしかできないこと、添田の長所(添田らしさ)を活かしたまちづくりをしたいです。
添田のまちづくリストのひとりとして、添田のこと、添田の人のことを考えて行動します。これから先、いろんな対立や衝突が出てくるかと思いますが、添田のまちづくリストを自分の軸とし、自分らしく活動します。
【オモイをコトバに、コトバをカタチに】
添田のまちづくリストは、自分のオモイをカタチにするだけではなく、添田の人のオモイをカタチにしなければなりません。どんな添田にしたいのか、あなたにとっての添田らしさとは何か、そのオモイをコトバにしてください。僕がパイプ役となり、そのコトバを集約し、カタチにします。皆さんの添田を皆さんと共につくりましょう。
自己紹介。
【経歴】(小学校時代、中学校時代、高校時代、大学時代)
【資格】 【趣味】 【好きな言葉】 【写真館】
【経歴】
・1975年3月12日生まれ
・1987年3月 添田小学校卒業
・1990年3月 添田中学校卒業
・1993年3月 田川高等学校卒業(第45回生)
(北九州予備校で一年の修行)
・1994年4月 九州大学文学部入学
1998年3月 九州大学文学部哲学科倫理学卒業
2002年3月 九州大学大学院人文科学府人文基礎専攻倫理学修士課程修了
2005年3月 九州大学大学院人文科学府人文基礎専攻倫理学
博士後期課程単位取得退学
・2005年12月 社会民主党入党
・2006年7月16日 添田町議会議員選挙にて377票を獲得し初当選
<現在>
・講師として高校生、大学生向けの就職支援事業に従事(2003年〜)
・NPO法人シンクタンク九州事務局長(2002年〜)
・福岡市NPO・ボランティア交流センター調査研究委員(2003年〜)
<こんなこともやりました>
・第26回日本医学会総会「医学部学生企画」参加(2003年4月)
利根川進先生を囲んで−これからの脳科学の可能性−
・福岡県地域通貨研究会委員(2004年度)
・明るい選挙推進協会主催「青年リーダー養成研修in沖縄」参加(2004年10月)
<小学校時代>
伊原に住む。3年生から空手(修武館)を始める。4年生より町の少年サッカー団に参加。サッカー好きだったけど、特に上手かったわけでもなかったな(笑)。空手も同じく。地域のソフトボールなんかは、チームが強かったため(?)出場もままならなかった。
<中学校時代>
陸上部に所属。ホントはサッカー部に入りたかったけど、その当時はなかった。長距離をやっていたが、特に目立った成績もなく。。。でも、顧問の先生との出会いやいい仲間に囲まれたことはとてもよかった。空手は中学卒業とともに活動中止。黒帯をいただきました。3年生のときに添田東に引っ越す。
<高校時代>
サッカー部に所属。真っ黒になるまで練習していました。おかげで今も黒いです(笑)。ポジションはMF。今でもOB戦に参加しています。同期が来ていないので、寂しいですけど。
<大学時代>
バドミントン部に所属。3年生のときは主務を務めました。
学部は文学部哲学科、倫理学研究室に所属。アットホームな研究室でついつい長居してしまいました。最後は政治哲学(国家論)に落ち着き、ロールズ(Rawls)なんかを研究していました。
【資格】
・文部科学省認定 秘書技能検定 1級
・文部科学省後援 サービス接遇実務検定 2級
【趣味】
・サッカー・・・福岡のグランツFCに所属し、代表を務めています。月に1度程度ですが、今も現役でやっています。
・マラソン・・・Team箱崎ふ頭、北九州ウルトラランナーズクラブに所属。98年の福岡シティマラソン初出場から、約50の大会に参加。最長完走距離は140km。ランナーとの出会いを楽しみに走っています。目標は、萩往還(250km)完踏、スパルタスロン(246km)完走。
【好きな言葉】
・「がんばらないけどあきらめない」(あるランナーの言葉)
何事にもいえるとは思いますが、長い距離(100kmなど)を走るときは、無理をしちゃいけない。でも、必ずゴールするんだという強い気持ちを持って、一歩ずつ前に進むことが大事だと教えられました。
・「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」(上杉鷹山)
ダメかなってあきらめそうになるとき、この言葉を呟いています。
・「Go for the first class in whatever you do in the future.(将来どのような道に進むとしても一流になることを目指せ。)」(利根川進)
医学会総会の企画で、利根川進さん(ノーベル生理学・医学賞受賞)を囲んで座談会をしました。そのときに利根川さんからいただいた言葉です。何事をやるにしても一流でありたいものです。
・「ご縁ご縁みなご縁こまったこともみなご縁」(木村無相)
小学生のときの通学路にありました。なんかリズミカルでそのときから忘れられない言葉です。ここに掲載するにあたり検索して初めて、作者などを知りました。
・「幸福は徳の報酬ではなく、徳それ自身である。そして我々は快楽を抑制するがゆえに幸福を享受するのではなく、幸福を享受するがゆえに快楽を抑制しうるのである。」(スピノザ)


